今回は世界的な建築家、ジャン・ヌーヴェルをご紹介します。
光と影を操る見事さから「光の魔術師」「ガラスのイリュージョニスト」と呼ばれ、時にその作品は「消滅する建築」とも評されることも。
日本でも脚光を浴びるようになった、東京汐留の電通本社ビルで知ってる方も多いのではないでしょうか?
日本刀をモチーフにしたという建築は、その尖端がギラリと光るさまがホントに街を切り込むようで幻想的ですよね(売却するというニュースは非常に残念)。
ファンを唸らせる数々の代表作が世界中にあります。
そんな作品のなかから、建築ウォッチャー目線で「ヌーヴェル初心者でも知っておいて損はナシ」と思える作品を選んでみました。
- ジャン・ヌーヴェルって?
- ジャン・ヌーヴェルの特徴って?
- ジャン・ヌーヴェル10選(+1)
- アラブ世界研究所/ Institut du monde arabe (1987年)
- カルティエ現代美術財団/Fondation Cartier pour l’art contemporain (1994年)
- ケ・ブランリ美術館/ Musée du quai Branly (2006年)
- トーレ・アグバール/ Torre Agbar (2005年)
- ルーヴル・アブダビ / Louvre Abu Dhabi (2017年)
- カタール国立博物館/ National Museum of Qatar (2019年)
- フィラルモニ・ド・パリ/Philharmonie de Paris (2015年)
- ワン・セントラルパーク/ One Central Park (2014年)
- ビジョンマシーン/ Vision Machine /100 11th Avenue (2010年)
- ガスリー・シアター /Guthrie Theater (2006年)
ジャン・ヌーヴェルって?
“1945年フランスのフュメル生まれ。ジャンは建築家クロード・ペアレントのアシスタントを務め、都市プランナーで随筆家のポール・ヴィリリオから影響を受けて、1970年に初めて建築活動を開始した。彼の屈強な姿勢と、都市計画における現代建築への挑発的な意見は、非の打ちどころのない才能と合わさって、手掛けるすべてのプロジェクトに独創性をもたらし、国際的なイメージを形作っている。彼の作品は世界中で称賛され、数多くの権威あるフランスの賞および世界的な賞を獲得している。その中には2008年に授与されたプリツカー賞もある。”
出典:共同通信PR Wire
「建築を詩的次元にまで昇華させなければならない」by ジャン・ヌーヴェル
この金言で、彼がどういうお方かお察しください(笑。
ジャン・ヌーヴェルの特徴って?
フランク・ゲーリー御大をして、「飽くなき冒険者であり、挑戦者」と言わしめるほど、その独特のデザイン哲学は自由で革新的です。スター建築家ともなると、アイコンと称される「これぞ」的な作品が出てくるものですが、彼の建築はひとつとして同じデザインはないと言われています。
また、時間という”うつろい”のなかで光と影を操縦し作品自体に様々な表情を持たせることから、「映像的な建築家」と言われることも。
ガラスのような素材、伝統や文化のような背景、ハイテク技術、そして奇抜で斬新なアイディア、すべてを取り込んで建築としてひとつのカタチに昇華させてしまうのが、彼の建築美学。
だからこそ、次はどんなアイディアと趣向で挑んでくるのかが魅力なのかもしれません。
ジャン・ヌーヴェル10選(+1)
それでは早速に行ってみましょう。
アラブ世界研究所/ Institut du monde arabe (1987年)
フランスのパリにある、アラブ諸国文化を発信する複合文化施設。
ヌーヴェルを一躍世に知らしめた出世作であり、セーヌ川沿いの正面反対にある南側のカーテンウォールに大きな特徴があります。ガラスに覆われたアラベスクな幾何学模様が並ぶ壁面は、実に優美。
それだけではなく、このメカニックな壁はカメラの絞りのように可動式ルーバーになり光の動きに合わせ自動開閉することで内部空間に自然光を取り込むという驚きの仕組みが備わっています(現在は、故障多発のため時間や天候により開閉)。
エントランスに入ってすぐの天井の低さ(2メートル強)にも注目を。金属ファサードにより内部は多少の暗さがあるものの、ガラスごしに柔らかに差し込む光が反射、拡散するため、不思議になんの圧迫感もなく、居心地の良さまで感じさせてしまうのです。幾何学模様の隙間から注ぐ光は内部に光と影を落とし込み、時間とともに動きながらカタチを変えていくので、いつまでも眺めていたくなるはず。
30年以上を経ても、ヌーヴェルの代表作と呼ばれる理由はインパクトのある外観ではなく、実は内観にこそあるのかもしれませんね。
カルティエ現代美術財団/Fondation Cartier pour l’art contemporain (1994年)
フランスのパリにある、ラグジュアリーブランド、”カルティエ”の現代アートに特化した文化複合施設。
美術展を開催する建物としては異例の全面ガラス仕立て(内部エレベーターまで)の建築です。
街路ギリギリに建つ巨大ガラススクリーン、前庭、美術館やオフィスのある本体の建物、奥庭と3重にわたるガラス空間が特徴的であり、前後とも透明なガラス張りなので通りから奥の庭までが全て見通せます。
ガラスだらけと聞くと無機質と思うかもしれませんが、建物を囲むように庭の緑が絶妙に配置してあるのでまったく圧迫感は感じられません。
そのうえ、重層仕立てのガラスが緑や人影までを反射するため、まるでバーチャルな世界に迷い込んでしまったような不思議な光景を展開します。
昼はガラスに映り込む景色や陽の光の反射が、夜は内側から漏れる光が宝石のように..と、時間、季節、天候などによって刻一刻と表情を変えるこの作品は、「お見事!」と口走ってしまうほど感動的。
自然にまかせるがままの奥庭には屋外カフェもあるので、植物との美しいコントラストもゆったりと楽しんでみてくださいね。
ケ・ブランリ美術館/ Musée du quai Branly (2006年)
エッフェル塔の近くにあるアジア・アフリカ・アメリカ・オセアニアを軸とした国立民族美術館。
古い石造りの建物が並ぶ通り沿いに調和するように透明ガラスの外壁が巡らされており、そのまま外からも敷地内の森のような庭園と柱に支えられて宙に浮いた巨大船のような現代的な建築物が見えてきます。
カルティエの堂々たる存在感を放つ外観と反対に、こちらは街並みと建築に境界線を引かせないという共存型のスタイルが印象的。
その佇まいは、まるで「ガラスケースに入った森を抜けるとやっと発見されるオブジェ」のよう。
もっとも特徴的なのは、3色の大きさの異なるカラーボックスが飛び出した北側のファサード、そしてセーヌ河側の一部壁面を覆う植栽ファサード(植物アーティスト、パトリック・ブランが担当)。
前者はステンドグラスのような淡い光が入る展示室、後者は街の景観とつなげる垂直庭園(”生きた壁”と呼ばれる大胆な緑化)という役割を担っており、ヌーヴェルの光と色のセンスに脱帽すること間違いなしです。
ちなみに、館内のある展望レストランは内装からカトラリーまで彼自身が手掛けたものだとか。
トーレ・アグバール/ Torre Agbar (2005年)
スペイン、バルセロナにある水道会社所有の高層オフィスビル(34階、高さ144メートル)。
太陽の日差しにきらめくガラスに覆われた”炎と水”のイメージカラーが美しいファサードは、ダブルスキン構造(鉄筋コンクリートのビルを青と赤のカラーパネルでランダムに覆い、さらにガラスのルーバーで覆う)になっており、外壁を覆うガラスブラインドは設置された気温センサーと連動し開閉することで、冷暖房エネルギーを最大限節約するように設計されています。
週末の夜は4,500個のLED照明によるライトアップが美しく、官能的ですよ。
天頂部が丸い円筒形の個性的すぎる流線フォルムから、地元民には「座薬」「男性のシンボル!?」と呼ばれることも。その空高くそそり立つさまは一際目立つ存在として、ガウディのサグラダ・ファミリアと並ぶ人気だそう。
オフィスビルのため1階までしか見学不可でしたが、近々にはホテルになる予定だそうですので楽しみに待っていましょう。
ルーヴル・アブダビ / Louvre Abu Dhabi (2017年)
ルーヴル美術館初の海外別館は、アラブ首長国連邦のひとつ、アブダビの市街に隣接したサディヤット島にあります。エメラルドブルーの海に囲まれた、まさに海に浮かぶ神秘的な美術館は、アラビア特有の低層家屋が密接に組み合うマディーナ(旧市街)の面影を宿した55棟もの白い箱が連結することでひとつの建物となし、超巨大ドームがその大部分をすっぽりと覆います。幾何学模様の装飾が施された直径180メートルのドームは、8層(ステンレスとアルミの層)を重ねることで7,850もの編み目を生み出し、内部に木漏れ日のような優しい”光の雨”を降らせます。
外観も圧巻ですが、真骨頂は内部空間です。ドーム下の開放的な中庭を左右に展示室があり、鋼色の天井から差し込む屈折したような自然光、スクリーン越しの窓から入る淡い光、展示室をつなぐ通路にはいる斜光…、あらゆる光の効果が計算尽くされており、本当に見る場所ごとに光の入り方が違います。それは時間、天候でも変わっていくという仕掛け。中東という異文化ではなく、それを悠々と超えてしまう夢のような異世界にいる気分になれるかもしれません。
島内は文化促進地区となっており、今後は安藤忠雄による海洋博物館やフランク・ゲーリーによるグッゲンハイム・アブダムなどの建設の予定も!
カタール国立博物館/ National Museum of Qatar (2019年)
首都ドーハにある、総面積4万6596㎡、地下1階地上5階建ての博物館。国を象徴する”砂漠のバラ”(ミネラルや鉱物が花のように自然に結晶化したもの)をモチーフにした建物は、花びらを模した斜めに傾く円盤のようなディスクが何重にも折り重なる外観がユニークです。大きさの異なるパネルが複雑に組み込まれた外壁が、砂地の広場や修復された旧宮殿をグルリと囲むさまは、周囲に林立する近代的高層ビルとは一線を画し、まさに砂漠の中の美術館だと実感させてくれるはず。
室内も同じく壁が複雑に入り組んでおり、遊牧民のテントのような薄暗い空間に窓からうっすらと光が入るのが印象的。砂色で統一されたインテリアの壁や床は、石を連想させる石膏と漆喰で仕上げられています。同じアラブ諸国にあるルーブルとはまったく趣が違うので見る価値大ですよ。
フィラルモニ・ド・パリ/Philharmonie de Paris (2015年)
フランス、パリにあるコンサートホールです。
34万羽の鳥が飛び立つイメージをしたという迫力抜群の大屋根はアルミパネル製。
光の当たり方と角度で多彩な表情を見せてくれます。
メインホールは、音響を熟考した天井から吊るされた可動式反響板、ステージを360度囲める流動性の高いバルコニーを日本の音響会社と共同開発し、座席に関係なく観客が音楽と光の波に包み込まれるようにしているのだとか。ホ
ールに続く通路にも雲のように無数にアルミ板を吊り下げることで、外壁のメタルとの連続性を持たせています。
ワン・セントラルパーク/ One Central Park (2014年)
オーストラリア、シドニーにある2棟型の高層複合施設。外壁に多くの植栽を施したヴァーティカル・ガーデン(垂直庭園)を売りにしている建物の特徴は、40メートルにわたって空中高く突出したリフレクター(反射板)です。ただの外観デザインではなく植物に隅々まで光を届けるために計算されて配置されたものだそう。夜にはリフレクター内部に仕込まれたLEDライトがシャンデリアのように光ります。ヌーヴェル作品の凄さのひとつが内部空間をハイテク管理することだと思うのですが、これにはビックリですよね?
ビジョンマシーン/ Vision Machine /100 11th Avenue (2010年)
ニューヨークのチェルシー地区にある、23階建て集合住宅型ビル。
透明度の異なるガラスパネルをモザイクのように組み合わせたカーテンウォールが特徴ですが、反対の北側は黒いレンガで仕上げられており、窓が不規則に設えてあります。
時間、天候、そして季節によって光が複雑に反射する面白いファサードです。
すぐ隣には、フランク・ゲーリーによる「IACビルディング」、目の前には坂茂の「メタルシャッターハウス」など、錚々たる巨匠たちの作品が隣接しているので、建築巡礼するには最高のロケーションとなってますよ。
ガスリー・シアター /Guthrie Theater (2006年)
ミネアポリスのミシシッピ川に沿いに建つ劇場です。
この作品の特徴は、ディープブルーのメタルパネルで覆われた外壁からポコンと飛び出した黄色い箱、そして川に向かって伸びるブリッジ。
どちらも色ガラスをユニークに使って光の交差が楽しめる展望台になっています。
また、不規則に設えられた館内の窓にはカメラフレームのように景色を切り取ってくれる仕掛けも。観劇しなくても展望台だけの利用可ですので、是非行ってみてくださいね。
アップカミング編:完成が待ち遠しい、な作品
世界中で引っ張りだこの”売れっ子”建築家ですから、現在も多岐にわたるプロジェクトを進行中です。
今年完成予定のパリの高層ツインタワー(Tour Duo)、予定は未定な中国の国立美術館(National Art Museum of China )や深圳オペラハウス(Shenzhen Opera House)など、どれも期待が高まるものばかりですが、そのなかでも壮大過ぎて予想もつかないものをご紹介しておきます。是非、妄想建築してみてください。
シャラーン・リゾート/ Sharaan by Jean Nouvel Resort
サウジアラビアの古代遺跡の本拠地であるアルウラ地区に、世界初の砂岩のリゾートホテルを建設予定です。古代ナバテア人の建造物からヒントを得て、岩山を彫って作られるというホテルは、高さ約68メートル。ガラス張りのエレベーター、40室の豪華スイート、3つのヴィラ、プール、オープンエアのレストランなどの施設があり、空に向かって開放された中庭からはロビーや客室を眺めることができるのだそう。彫刻を施された石から光が差し込むバルコニーなど、岩の自然な造形とモダンなラティスを通して太陽の光を取り込むのだとか。2024年完成予定。
参考:Royal Commission for AlUla
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